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関西国際空港

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去年の台風で、船舶と橋梁が接触して交通アクセスの不備が露呈され、浸水で事前想定の欠陥も指摘されてしまった関西国際空港。

何ともいたたまれない報道が繰り返されて、ネガティブなイメージが当時はしたモノです。

あまり知られてはいないのだけれど、関西国際空港が誕生して、沿岸の生態系が改善しているそうです。アマモの繁殖とか、海洋資源の魚介類も以前より増えている。

空港の設置に伴い法的措置がとられて沿岸に好結果をもたらしているという事です。

沿岸工事を想像すると海洋汚染とか、自然災害を防止する代わりに自然を破壊するイメージを想像しがちですが、こと関西国際空港に限って申せば、そんな事も無かったようで、むしろ好結果をもたらしている様にも思えます。

一般的にニュースというのは、ネガティブな出来事の方がドラスティックで、人目を惹くからメディアもツイツイ一面に、ドドーンと掲載する。

一方ポジティブな出来事はマイルドに知れ渡り、人目につかない穏やかなイメージなので、世間に浸透しにくいモノなのでしょう。

大阪方面から和歌山へ釣りに行く時目安になるのが、関西国際空港。

海の青がここを境に映えるような気になるのです。

ちなみに、関西国際空港の誕生で、大阪府は香川県を抜いて面積が増えたそうです。

アオリイカ釣り

これからデカいアオリイカが釣れる季節。

デカいアオリイカは賢い・・・?

釣れる数がヤッパリ少なくなっていく。

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この時のゲストも捨てがたい高級魚。

見た目はヨロシクないかもしれないけれど、出汁が美味しいし、刺身も絶品。

この時期のアオリイカ釣は、何かと面白くなってきます。

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近隣公園論

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そう言えば、公園での子どもたちの声が、聴こえなくなって久しい様な気がしたり、その良し悪しは別にして早朝のゲートボールの風景も過去の遺物・・・。

ブランコやジャングルジム、滑り台すらも危険だからと撤去されて、朽ちかけた鉄棒が誰も訪れなくなった、公園に威勢の良い雑草に囲まれて寂しげな公園が、目立ってきたような・・・。

公園ではしてはいけない規制の看板も朽ち果てかけていて、行儀のよい近隣住民はまるで、進入禁止の禁忌あるいは聖地の様に近隣公園を傍観あるいは無視、ブラックホール否、ブラックボックス状態の近隣の公園。

そこは、市税も投入され、自治体で定期的な管理もされていて、つまり予算と手間も投じられている。同時にボール遊びは許されないし、花火はモチロン自転車の進入さへ拒まれる・・・という事はヤッパリ聖地?

子どもたちの歓声は、近隣の住民にっとては騒音と同じで公害扱い・・・?もうベッタン(メンコ)、ビー玉、ゴム飛びを楽しむ子どもは皆無で、昭和世代のアーカイブだし。

時代格差の権利の主張、住み分けを強要する小さな世論。

さて、理想的な公園には、年齢の区別なく誰もが訪れ、鳥の声や犬が走り回っていたりして、そこには優しい境界線があって誰もが出入り自由で、そこで気を休める事の出来る居心地の良いパブリックな場所であって欲しいという思いがあったりします。

乳母車の近くでボール遊びは確かに危険だし、花火には火の用心は当然だし、自転車は事故も起こす。だからと言って、近隣クラウドは神の声、多数決原理で公園は雑草ぼうぼうなのは、何か本末転倒な殺風景。

何とかならないモノかと思いました。

例えば、ジモピーの物々交換会場やドッグラン、等々を期間限定でとか、小さなイベントとか香具師の皆様が人目を引く様なアノ夜店にあった魅力的なひと時とか・・・?

寒い日には、今どきの新しい方法で近隣の有志が集まって、焼き芋を公園で安全に楽しめる会とか・・・?大人の皆様ならチョッピリ恋しくなるアルコールも開放してくれて自慢話や武勇伝、漫才や落語とか・・・?

町々の個性が産まれる公園になったら好いかもしれません。

客観性と主観性の主観の件

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世の中には客観的な歴史観を厭う国がある様です。歴史を捏造して、教育している国があるみたいです。

理性より、真実より情緒が教育でも大切なのか、歴史を捏造して子どもたちを教育する。

理科系に情緒や主観性は通用しない。数字や物理現象には客観的で理性的な考えで臨まないと先へは進めない。

自動車も前に進めないし、電化製品もうまく作動しないし、飛行機も飛ばせない。

学問は客観的でないと、理性的でないと成り立たない。
自国のアーカイブに理性的で客観的に対応しないと事実は変わるでしょう?そう思うのです。

人の営みで国家が生まれるけれど、その場その時の風土や気候がその地に住む人々に影響を及ぼして国が生まれるのは一つの事実がある限り、歴史には考古学的な真実の追及や、発掘されたモノへの判断には理性と客観性がないと、事実とは乖離してカオスからは抜け出せない。

そんな事を考えていると主観性には、厭う気持ちに追従の余地がある。
客観性はすでに二項対立というか彼我(ひが)の関係、複数の発想が成り立たないと成立しないから、厭う気持ちよりも真実や事実が優先する・・・。

少なくとも第三者的に傍観すればそんな発想もある・・・?

ガリレオもケプラーもニュートンも徹底的に、客観性と理性で成果を上げて歴史に名を残した。

主観を吐露して名を成したのは、神様だけ・・・?
それ以外許されているのは、宇宙の法則・・・?

極めて主観的な、客観性と主観性の件m(_ _)m

マイカー 特殊塗装 ニュース

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本来、マイカーはピッカピカに磨いて美しくして走りたいモノ。

そこをあえて、サビだらけで塗装もはがれて、一見ボロボロに見えて、よく車検に通ったもんやな~・・・などと思わせる格好で走り回っている海外高級車。

これって、逆に目立つし盗難にも泥棒の油断を誘導して案外、効果的なのでは?ナドト思いました。

その作業を依頼された会社には、次の依頼があって話題になっているそうです。

社用車、特にダンプやトラックは貨物車なので、ひと昔前ならそんな恰好で、排ガスガンガンマフラーから噴き出して走っていたモノでした。

排ガス規制が今では当たり前のようになってSL同様、煙が路上から皆無と言えるくらい道路もクリーンになりました。

田んぼの脱穀しあたとのもみ殻を焼く光景も、垣根の曲がり角の焚火も無くなってしまいました。今や焼き芋はキャンプ地やそれ相応の施設でないと外では焼けない。イワシや秋刀魚を七輪で焼いていた光景が消えてきたように、田んぼも線路も道路からも煙が無くなって来ました。

少々話がそれました。さて、道路上ではそれなりにピカピカのクルマがビュンビュン走っていて、錆の浮いた車を見かけると逆に、目が留まる様にもなったと思うのです。

下手したらあんまりボロボロに見えるクルマは、パトカーに呼び止められそうな気もしないでもありません(^◇^)