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国土 民主主義 経済

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バブル時代真っ最中な頃、欧州へ旅行された方々なら、EU以前のヨーロッパの旅を楽しめたのではないでしょうか・・・?



その国々で紙幣は異なって、ポンドもあればフランもあって、ギリシャならドラクマで、イタリアならリラ・・・。



今ではユーロで統一されて、悲喜こもごもなヨーロッパな感じもします。



バブル時代のヨーロッパは経済の格差は各国であっても、東西のドイツの統合の間も浅くてヨーロッパの国々の個性が、EU以降の様な繋がりが希薄な印象もあって、何となく訪れる地域々々の雰囲気にバリエーションがあった様な気がするからです。



とはいえ欧州へ旅をすればどこの国でも、美術館巡りや教会へも伺ったりして、石で組積された歴史的建造物をどの国ででも見受けられて、日本では考えられないくらいに厚い壁や石畳にも異国情緒を感じさせてくれたりします。



たとえば当時のイギリスでは、まだ木像のエスカレーターも残っていて、ゴロゴロと大きな音をたてて不思議なアンティークのイメージも感じさせてくれたり、タクシーのオースチンにも補助いすが木製だったのを記憶しています。


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あの頃に比べると、経済は益々世界を席巻して、旅行を楽しむという中にもあの頃にあったワクワク感とか、異国情緒な感じが希薄になったのではないかという気にもなったりします。



西欧にはどこに行っても教会があって、日本の神社仏閣以上にランドマークにもなっていて結構、幅を利かせている印象です。


ステンドグラス564×1095.jpg
ウィキペディア参照


あえて言えば、ギリシャでは教会より神殿の遺構が立派で、イタリアはその両方が印象的で、バチカン市国ではカトリック総本山の強烈な印象が生涯脳裏から剥がれ落ちないくらいに、大きくて荘厳なインパクトを受けました。


神殿640×480.jpg

サンピエトロ寺院1920×1440.jpg


日本人である旅行者の一人には、ヨーロッパでは結婚式は教会で挙げるというイメージが強烈についつい勝手に想像したりもしたものです。



でも実際は、ことオランダに限れば、結婚式は市庁舎で上げるのだそうです。


結婚式1129×879.png


教会ではなくて、市庁舎で挙げる事が多いのだそうです。



オランダの市長は選挙で任命されるのではなくて、国から任命されるそうです。



市民の結婚式には必ず出席して、市長も一緒に祝うのだとか・・・。



これは、司馬遼太郎の街道を行くで放映されていたお話です。



オランダへ行けば、国立美術館に訪れる機会があるでしょう。



ソコにはレンブラントの夜警が展示されていて、その本物を肉眼で見られることに感激した事を覚えています。


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西欧の美術館では、歴史的な絵画が数多く展示されていて、特にイタリアやイギリス、フランスではキリスト教に関する絵画をかなり多く鑑賞する事になります。



近世になって、日本の浮世絵や木版画が欧州に渡って、ジャポニズムが欧州の画家たちにセンセーショナルなエポックになって、絵画に求められていた意味合いに、新たな美が添えられるようになって、印象派と呼ばれる様な、絵画の新たな可能性が生まれたとも言われたことは、日本でもお勉強で学ばされたとも思います。


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日本の私たち自身、浮世絵や木版画を肉眼で鑑賞する機会は早々にはない様な気もしますが、実際に北斎や広重、写楽を鑑賞すれば、写真やTVではわからなかった、ダイナミックな印象を与えてくれたものでした。



近世美術館では、ピカソやダリ以降の新たな絵画も誕生して、それ以前に誕生していた絵画と一緒に展示されて少々分かりにくいのですが西欧では絵画とは先ず、キリストに関わる、神に関わる作品が圧倒的だった。



逆に言えば、神に関する出来事を絵画で表現していた。



それが欧州の美術館で受ける大きな印象の一つです。



しかしながら、オランダでは先に述べた、レンブラントの夜警のような市民を描いた作品が展示されています。



司馬遼太郎の街道を行くでは、その件に言及されていて国土とは神が与えたもうた恵みだというのがほとんどの国での思いなのですが、ことオランダでは正に民衆によって培われた国土だったという事です。



オランダは海抜より低い国土が、ある事でも有名です。


オランダ風景600×400.jpg 


オランダの人々は民衆の力で国土を開発して、国家を維持して来ました。



この国の道は海外から石を輸入して、専門の職人の手によって道路が舗装されて来た。



国土を守る堰堤も石の組積みで拡張されて来た。



コンクリートではなくて石で国土が守られて来た。



この事は、漁業や農業などの食うための産業には多大な貢献をしてくれて、この国の自然を担保してきたという事です。



オランダの石の専門家なら、石の顔を見ただけでどこから仕入れられた石かもわかる程、その関わり合いが深いのだそうです。



オランダに限って、国土は民衆によって培われた恵みだった。



民衆の力は絵画にも波及して、民衆が割り勘で絵画を作成した。



一人一人の国民が割り勘で、レンブラントの夜警を造ったワケです。



オランダの日本人小学校は年間1ギルダーの賃貸料でその土地を小学校として、活用しているとの事でした。



当時の日本は国土を投機の手段にしていた。



司馬遼太郎は、その事実を憂いて程なく他界されました。



オランダは東インド会社で国力を増大させた時期が、あります。



当時も王権によるものではなくて、民衆の力で会社を設立して国力を増強させてきた。



一方でチューリップを投機の材料にして、バブルを経験して自虐的な絵画も残しています。


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日本では古来よりご先祖様の土地に縛り付けられて、悲喜こもごも味合わされる現実があります。



国土と国民は、どのように相対するべきなのでしょう。



災害の少なくないこの国。



海外からの圧力も少なくないこの国。



国民の命も財産も、国土ありきで国家は形成されている。



縄文時代には調子のよかった頃もあったから、一万年以上も続いた・・・?



かつてもこの日記で書かせてもらった、農耕文化を取り入れて、均質化を好むこの国の人々の性格が否応なく稲作の文化を取り入れて、飢饉を経験してしまった北国の事件・歴史。



国土が神より与えたもうた恵みのままだと、人は神に甘えて土地利用を間違えたりするのでしょうか・・・?



オランダの国土を一時、羨ましく思ったりしてしまいそうです。



でも実際は、民衆の力を注がないと生きて行けない国土だった。



本来の民主主義とはオランダの風車に表現されていたのかもしれません。


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梅雨 郊外の公園 タコ釣り

今日は梅雨の晴れ間。


近くの公園へ珍しく散歩へ・・・。

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道中、ひまわりの花がうだる暑さの中咲いていました。

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水路に水が張られていました。


以前は田んぼらしい敷地にここから水が流れて湿地が設えられていました。


その水路で親子連れのお二人が、野外活動中。


お忙しい中、声をかけさせていただきますと、可愛らしいドジョウやオタマジャクシが大量の模様。

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野外活動02-450×301.jpg


昔を思い出す様な光景。


息子さんは水路に網を入れて、水中生物の観察に熱中。


近くの川から流れている水路から、ドジョウやオタマジャクシ、ザリガニが流れ込んでいる様です。

杜若450×417.jpg


シオカラトンボ450×337.jpg


湿地にはまだ、カキツバタが咲き残っていました。


シオカラトンボや麦わらも飛び交っていました。


都会の郊外にもまだまだ自然は残っている様です。

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アジサイも青々と茂って、正しく梅雨真っ最中。


人影はそんなに多くはありませんでしたが、河川敷のグラウンドでは学生さんが、クラブ活動を始めていたようです。


本来ならこのような一日なら、船に乗ってタコでも釣りたいような一日でした。

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船に乗って沖に出れば立派なタコがポコポコ釣れます。

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タコ釣り明石01-450×331.JPG


仕掛けは、テンヤかタコエギで・・・。

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テンヤ仕掛け




タコエギ450×325.JPG
タコエギ仕掛け仕掛け


明石タコ450×314.jpg


海底をゴソゴソ仕掛けを浮かさない様に引きずり、タコが乗るのを待ちます。

たくさん釣れても、冷凍保存が効くので当分の間は美味しいタコにありつけるというワケです。

自前で釣れたタコなら、生からタコ飯が作れるので、赤飯の様に鮮やかな美味しい、この季節ならではのレシピが味わえます。

ゴマ塩と大葉を刻んで、タウリンタップリ夏バテ知らずのタコはこの時期の海の恵みです。

ウメイロ 船釣り 食味

海の沖へ、船に乗って魚釣り。


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この時期から、南紀の沖ではウメイロが釣れます。


南方系の魚です。


アオダイの仲間。


波止や近郊で釣れるタカベに似て非なる魚。


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タカベは沿岸の表層で釣れる美味しい魚です。


一方ウメイロは沖の比較的中層、水深30mより深い処で、南紀では釣れます。


ウメイロは、タカベの様に群れを成して、釣れる時にはイッパイ釣れるという釣れ方ではなくて、たまたま仕掛けにたどり着いた獲物だけが運よく針掛かりしてくれるイメージの釣りになります。


その引きはタカベの様に軽快ではなくて、小ぶりな割には結構な引きを味合わせてくれます。


そんなに大きくはならないけれど、刺身で美味しい身が取れるので、調理しやすい獲物です。


3~4日程、熟成させるとこの魚の美味しさが堪能できます。


ウメイロは味わった事のないのなら、みそ汁の出汁にして味わってみて欲しい魚です。


みそ汁の出汁と言えば、カツオや削り節、ひと昔前なら、煮干しのイメージ。


このウメイロで出したみそ汁の出汁は、それ等とは全く違う、上品で濃厚、得も言われぬ絶品です。


魚好きなら、一口目でその美味しさには魅了されるでしょう。


南方系の比較的小ぶりな、しかも背中が鮮やかな熱帯魚風の魚なので、知らない人が見れば、食い気を誘う様な高級魚には見えない魚です。


でも実際は、漁獲量もそれほど多い魚でもなくて、市場でお目にかかる事もそうは多くはない魚です。


モチロン養殖されているという話も聞いたことはありません。


この魚の最もおいしい食し方は、やはり自分で釣って、食すというのが最善の魚という事になります。


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その身は刺身や、煮つけ、焼いても美味です。


頭部や骨は絶対に捨てないで、みそ汁の出汁にしています。


それがのこの魚の最も顕著な美味しさを、実感できるレシピだと言えます。


この季節の魚料理は、例えばウナギなら肝吸い、アユなら塩焼き、キジハタの夏の鍋には臓物をきれいに洗って出汁にしたりして、魚の捨てる部分がほとんどないくらい、その美味しさが味わえる時期なのかもしれません。


夏に向かう頃の魚は、美味しそうなイメージが無いような気がしますが、そうでもない様な気もします。


夏の釣りと言えば、軟体系のタコやイカも釣れだすので、釣りの季節としては結構楽しめる季節ではあります。


ウメイロの船釣りでは、仕掛けはテンビンカゴフカセ釣りで、電動リールを使用します。


ウメイロ以外にも色々な美味しい魚が、釣れます。


行きつけの船長はPE4号を勧めてくれます。


竿はムーチングで100号以上。


オモリは60~70号で楽しめます。


仕掛けは、ハリス5号でイサキ針(シルバー)が良く釣れます。


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幸福論 無意識

幸せを実感する日々を送る一つの実践方法に、セロトニンの活躍に期待するという考え方があります。


セロトニンは脳の覚醒、気分や心の安定に寄与してくれる神経伝達物質だと言われています。


セロトニンに活躍してもらうためには、・・・


・日光浴をする

・リズム運動をする → 散歩・深呼吸・ガムをかむ・動く

・食事でトリプトファンを摂取する。 → 肉・大豆・乳製品を摂取する。


・・・が効果的だと言われています。

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さて、自分の性格を私たちは外的・内的に今までの経験や周りの反応で、自分なりに決めつけているところがあります。


その中でも気になるのが、性格についてあまりにも否定的になったりして、自己評価を低くしている場合が考えられます。


反応が敏感すぎたり、鈍感すぎたりで、そのことが情けなく感じてしまったり・・・。


この気持ちを克服して、心地よい日々を獲得するための一つの方法とし、捨てて諦めるという選択があります。


性格に悩むことを諦めて、クヨクヨしない。


世の中、同じ悩みを抱えている人がいるでしょう。


他の誰かの同じような悩みを抱えている人たちも、悩んで生きているかもしれません。


でも、その悩みに気を留める第三者は自分が思っている程あなたの身の回りには、多くはいない。


捨てる事、諦める事も時には有効な手立てになるという一例でしょう。


さて、私たちが幸福を実感する時の事を研究された先生、前野 隆司教授のお話が面白かったのでご紹介です。


先生によれば、・・・・


・自己実現と成長

・繋がりと感謝

・前向きと楽観

・独立とマイペース


の4つの因子が幸福に感じる事に影響を及ぼしているということです。


その事を考える時、

・地位や財産に目を向けて幸福を追求するタイプ

・それらにこだわらず、穏やかで少々の不便も気にせずに幸福を追求するタイプ


といった風に、幸福への発想にも色々あって、幸福への個体差も多岐にわたり、感じ方・生き方に多様性がある事を講義されていました。

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幸福感とは、チャレンジできる人生、心地よい時間、想像できる豊かな心に拠り所を追求して、ポジティブに未来に向かう事が出来れば幸せなのかもしれません。


逆に言えば、鬱になるくらいのネガティブな感情を不幸な状態だと言えるのかもしれません。


問題や悩みを克服する、行動できる事も幸せに向かって生活している真っ最中には中々、落ち着いて思ったり、考えたりできない事もあるでしょう。


その時、疲れた時も、冷静になって沈思黙考。


心のベクトルをポジティブに向けて、先ずは感情・情緒を無理やりにでも、自分の望む幸福に向かって想像してニヤッと心の中で笑みをこぼしつつ、瞑想とか考えたり意識し続けていれば、無意識もそれに呼応して幸福に向かって歩き出す。


そのプロセスが、幸福なのかもしれません。


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潜在意識の活用方法

海外ニュースのあるランキングから思う幸福感

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お隣の国の朝鮮日報日本語版で、平和な国ランキングのニュースが掲載されていました。


日本は、


・アイスランド

・ニュージーランド

・ポルトガル

・オーストリア

・デンマーク・カナダ

・シンガポール

・チェコ


に次いで9位なのだそうです。

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世界各国での幸せの度合いは日本は、54位。


世界各国の中で安全な都市は、東京が1位で、大阪が3位。


住みやすい国では日本は、10位なのだそうです。


何が基準でこうなったのかは不明なのですが、フト目に止まりました。


昭和から平成、令和になってこの国の住みやすさや住みにくさも、この国を住処にしている皆様には、賛否両論ある事でしょう。


昭和の中頃までは高度経済成長で自然を犠牲にして、公害問題なども色々物議を醸しだしていましたが、今ではその様なニュースもめっきり減って、過疎化の里山等々の放ったらかしの自然で、山中の獣と人里の境界があいまいになってのニュースの方が、目に留まるようになりました。

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都市近郊では、既に観られなくなった鳥や昆虫などの生物は、公害の時代(昭和時代)の方が、まだまだ見受けられていた様な気がします。


令和の世になって、都市近郊のインフラがこれから益々進んで、もし自然との共生が出来る様になったら、小川の中のメダカの学校や、夕焼け小焼けの赤とんぼや、紫陽花にカタツムリとかアマガエルが都市近郊ででも伺える様にもなって来て、住みやすい国のランキングが少しでもアップするかもしれません。


遠い昔、鉄の文化が日本にもたらされて製鉄の技術が発達、お隣の大陸では鉄を製造するための燃料が枯渇して、逆に日本から輸入したという歴史のお勉強をした事を覚えています。

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日本ではいくら伐採しても製鉄できる木炭が採れる国だった。


他方、隣国の森林は、一度伐採したら再び復活させるには、もう不可能に近いくらいの自然破壊になってしまって、いくら鉄鉱石が産出されても、製鉄できる燃料が確保できず当時から既に、日本から鉄を輸入するようになってしまった。


殷(商)、秦の頃は中原の地にも森や林があって、象も住んでいたそうです。


黄砂も、今ほど酷くはなかった。


その土地に長い歴史の間で人口密度が集中してきて、喰えるものは何でも喰えないと生き延びる事も、難しかったのかもしれません。


多少の陶器を作れる環境はあったモノの、鉄器を産業革命が興るほど生産できなかったのが、かの大陸の自然が持っていた潜在能力だったのかもしれません。

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この国の場合、弥生時代に稲作文化を取り入れて、つまり農耕文化を取り入れて縄文時代には豊かな地方だった所が、米を中心にした文化に傾倒し過ぎた(?)あまり、豊かさを失った地方もありました。


青森地方では稲作には適さない地方だったので、縄文時代の漁撈や森林からの恵みを半ば放棄する様に、稲作にこだり過ぎて一時の住民は餓死者すら、発生させてしまった時代がありました。


司馬遼太郎の街道を行くで紹介されていて、ショッキングだった事を覚えています。


この国では農耕文化をほぼ全面的に取り入れてしまったのですが、何もかもが上手く行っていたわけでもなかった様です。


一方神々の不在(?)、あるいは自然の潜在的エネルギーに比較的に乏しいのかもしれない(?)隣の大陸では、古来よりジェノサイドが起こったり、カニバリズムなどのおどろおどろしい哀しい歴史も残っています。


活火山と地震のこの地では、四季もあって稲作に依存しなくても1万年以上にわたって、平和裏に住民は生活をしていた。


そんなイメージを、ツイツイ偏差的に想像してしまったりしてしまいす。


この島国では神々が不在の時期はほとんど無く、自然の再生力は凄まじいくらいに活性力が今でもあります。


資源の少ない国などと言われたりしていますが、果たしてそうなのでしょうか・・・?

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季節は廻り、花鳥風月、豊かな自然の恵みは、放っておいても八百万(やおよろず)の神々が、この島国の住人たちにもたらしてくれて、古来より神々には私たちは、畏敬の念をもって接して、活かされて来た感謝と喜びを表現して来ました。


狂信的ともいえる原理主義すら強要しない、この国の神々は今でも自然の恵みを与え続けてくれています。


この国では私たちが、快適な自然を蘇らせる適切なインフラさへ進めて行けば後は神々が、恵みを与えてくれる生活しやすい、この島国は国なのかもしれません。


他の地に比べて、この島国は優しい神々が、少なくとも他の地よりは、暮らしやすい環境を私たちに提供してくれている様に思ったりします。


感謝の念を忘れずにシッカリと環境インフラを整備すれば、後は勝手に自然の恵みを与えてくれる場所はこの地球上、決して多くはないのかもしれません。


過酷な自然で生活を強要される住民の皆様にも、優しい人々もいれば、厳しい人々もいる。


神々の不在な地での住民には、六道の中の修羅道より厳しいランキングが、当てはめられているのでしょうか?


このランキングニュースには、哀しい事実も含まれているのかもしれません。